高知地方裁判所 昭和25年(行)19号 判決
原告 三宮正敏
被告 高知県農地委員会・高知県知事
補助参加人(被告側) 浜田多女治
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は全部原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告知事が昭和二十四年十月二十六日附で別紙目録記載一の農地につき原告宛の売渡処分を取消した処分並びに被告県農地委員会が同目録記載二の農地につき昭和二十五年四月二十日附で原告宛の売渡計画に対する承認を取消した決定及びこの農地につき被告知事が昭和二十五年六月六日附で原告宛の売渡処分を取消した処分はいずれも無効なることを確認する。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決を求める旨申立て、その請求の原因として次のように述べた。
「別紙目録記載一の農地については被告等補助参加人がその所有者で、同目録記載二の農地については同人はその永小作権者であるが原告の亡父春水はその存命中の昭和十九年にこれ等の農地を同人から賃借して昭和二十年以降その耕作に従事し、春水死亡後は原告がその賃借権を承継して引続きこれを耕作していたものである。ところで訴外野田地区農地委員会はこの農地を自作農創設特別措置法による買収該当地としてそれにつき買収並びに売渡計画を定め、これに対し補助参加人から異議も訴願もなかつたので被告県農地委員会の承認をえてこの買収並びに売渡計画は確定した。そこで被告知事は別紙目録記載一の農地につき昭和二十二年七月二日附、同二の農地については同年十月二日附でそれぞれ売渡通知書を発行交付してこの農地をいずれも原告に売渡す売渡処分をした。しかるに右参加人はその買収並びに売渡処分が確定してから一年数箇月ないし二年を経過した後の昭和二十四年六月頃になつて前記地区農地委員会に対しこの農地は自己の眼病のため一時的に使用貸借をしたものにすぎない旨の虚構の事実を申立て同農地委員会がその旨を上申したので被告県農地委員会は再審議の上錯誤があつたとの理由ですでに適法に確定した右買収並びに売渡計画に対する承認を取消す決定をした(右二の農地の売渡計画に対する承認取消の決定は昭和二十五年四月二十日附でなされた)そして被告知事は右一の農地につき昭和二十四年十月二十六日附で、右二の農地につき昭和二十五年六月六日附でそれぞれ右売渡処分を取消す処分をした。しかしながら被告等の処分は次のような理由でいずれも違法不法の処分である。すなわち(一)農地の買収並びに売渡に関する処分は自作農創設特別措置法上厳格にその手続方式を規定せられていてその規定に従つてのみ行われるべきものである。政府のこの処分に関し不服のあるものはそれに対し異議、訴願をし、更に一定期間内に訴を提起してその取消を求めることができるだけでそれ以外の手続方法でその取消を求めることは右法律の認めないところである。そして一旦買収並びに売渡に関する処分をした後政府自らそれを取消すことを許す何等の規定はなく、本件のようにすでに出訴期間も経過した後においてしかも政府が一方的にそれを取消すことは法律上絶対不可能である。しかるに被告等はあえてそれを行つたものである。(二)まして被告県農地委員会の前記承認の取消はそれに過誤を発見したときはそれを取消すことができる旨の承認の附帯条件に基いてなされたものであるが農地の買収並びに売渡計画の承認に条件を附することは全く右法律の認めないところである。そこでこの附帯条件なるものは法律上当然無効である。この無効な条件を前提としてなされた被告県農地委員会の承認取消の決定、従つてそれに基く被告知事の前記売渡処分の取消処分はいずれも単に手続上のかしにとどまらない重大な違法があるものである。以上のような次第で被告県農地委員会の承認取消の決定並びに被告知事の売渡処分の取消処分はいずれも法律上当然無効の処分であるから原告はその無効の確認を求めるため本訴に及んだものである」と述べた。(立証省略)
被告等指定代理人は主文第一項と同旨の判決を求め、次のように述べた。
「原告主張の事実中原告主張の各行政処分がなされたことは認めるがその余の事実は全部争う。」
「補助参加人はいまだかつて別紙目録記載の農地を原告の亡父春水あるいは原告に賃貸したことはない。元来参加人は女の一人世帯故農耕の荒仕事は他人に依頼し田植、草取、刈取等女手でできることを自らやるのが従来からの例であつて偶々昭和二十、二十一年にその荒仕事を日傭賃で右春水に依頼したことがあるだけである。もつとも昭和二十二年度の稲作から以後右春水及び同人の死亡後は原告等世帯員でこの農地を耕作しているのであるがこれとても日傭賃でその耕作を依頼してあるだけで決して賃貸したものではない。そしてかような依頼をするようになつた次第は昭和二十一年十一月一日参加人が火薬の爆発により両眼失明の災難にあいその後長期間にわたつて入院加療をしなければならなくなつたためであつて失明後一時右春水方で世話になつたような事情もあつたので同人に対し眼が見えるようになるまでの約束でその耕作を依頼したものである。その後参加人は幸に左眼の視力をかいふくし昭和二十三年十月七日帰村した。ところがその間に原告はその耕作の依頼を受けているのを奇貨とし野田地区農地委員会に対しこの農地が原告の賃借中のものである旨を詐称して買収の申請をし昭和二十二年七月二日には早くもその売渡を受けたものである。参加人はその買収並びに売渡に関する処分に対し異議も訴願もしていないのであるがそれは前記のように失明して入院加療中のことでしかも買収令書は訴外岡豊村農地委員会書記浜田信喜がにぎりつぶして参加人に到達せず参加人がこの農地の買収並びに売渡を知つたのは昭和二十三年帰村してからのことである等の事情によるものである。なお、被告等の承認取消の決定、売渡処分の取消処分はいずれも適法かつ有効なものである。禁止規定のない限り行政処分に条件を附してはならない理由はない。殊に自作農創設特別措置法に基く農地の買収並びに売渡に関する行政処分については巨大な数の農地を短日月に処理しなければならないのであるから行政庁が後日過誤を発見したときはそれを取消す旨の条件を附してその処分をするのは寧ろ事柄の性質上当然のことである。もし仮りに条件を附することができないならば条件附でなされた行政処分そのものが無効とされるべきであつて条件のみが無効となるべき筋合はない。」と述べた。(立証省略)
三、理 由
訴外野田地区農地委員会が別紙目録記載の農地を自作農創設特別措置法による買収該当地としてそれにつき買収並びに売渡計画を定め、これに対し被告県農地委員会が承認を与え、被告知事が同目録記載一の農地につき昭和二十二年七月二日附、同二の農地については同年十月二日附でそれぞれ売渡通知書を発行交付してこの農地をいずれも原告に売渡す売渡処分をしたこと、しかるにその後被告県農地委員会は右二の農地につき昭和二十五年四月二十日附で右売渡計画に対する承認を取消す決定をしたこと、そして被告知事は右一の農地につき昭和二十四年十月二十六日附で、右二の農地については、昭和二十五年六月六日附でそれぞれ右売渡処分を取消す処分をしたことは当事者間に争いがない。
ところで先ず、行政庁としての知事又は農地委員会の買収又は売渡に関する行政処分も内容、手続あるいは形式等つまりその成立にかしがある場合は適正な法律関係の実現を目的としてなされるその取消は原則として許されると考えて然るべきである。只本件においてはその取消により原告の既得の権利利益が侵害されることとなるので条理上一般の場合よりはその取消がより厳重な制限に服すると考えるべき差があるだけである。証人細川糸喜の証言により真正に成立したと認める丙第六号証、証人北村政治の証言により真正に成立したと認める丙第七、二十五号証、証人細川早苗、隅田稔の各証言により真正に成立したと認める丙第十六号証、成立に争いのない丙第五、八ないし十一、十三、二十号証、第二十六号証の二ないし五と証人細川糸喜、葛目栄、北村政治、隅田稔、細川幸喜の各証言と証人吉川清司の証言中一部及び被告等補助参加本人訊問の結果を綜合すると別紙目録記載の農地を昭和十九年から昭和二十一年までの間は被告等補助参加人が原告の亡父春水あるいは原告に賃貸したことはなく右参加人自ら耕作に従事しながら春水等に日傭賃でその耕作の手助けをして貰つていたにすぎないこと、その後昭和二十一年十一月一日参加人は火薬の爆発で両眼が失明し長期間入院加療をしなければならなくなり結局幾分視力をかいふくし帰村したのは昭和二十三年十月のことであること、その間も参加人は春水に対し眼が見えるようになるまでの約束で日傭賃で右農地の耕作を依頼し入院したのであつてそれを同人に賃貸したものではないこと、しかるに野田地区農地委員会は春水が右農地の賃借人で同人死亡後は原告がその権利を承継しているので結局原告がその賃借人であると誤認して職権でこの農地の買収並びに売渡計画を定めたものであることが認められる。
以上の認定に反する甲第四、十号証、証人三宮美義(第一、二回)、岩貞広意、浜田信喜、吉川清司(一部)の各証言は採用できないし他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。そこで被告県農地委員会がその買収並びに売渡計画に対し与えた承認及び被告知事が売渡通知書を発行しそれを原告に交付してした売渡処分は右事実の誤認に基く錯誤によりなされたものといわねばならないのであつて、その売渡に関する処分には売渡の相手方となるべき小作農(賃借人)にはあたらない原告をその売渡の相手方とした重大なかしがあつたというべきである。そしてその処分を被告等が錯誤を理由に取消したものであることは当事者間に争いがなく、又右農地に関する権利を原告が第三者に移転しあるいはその上に何等かの権利を設定したことは原告の主張も立証もしないところである。かように行政処分に重大なかしがありかつそれを取消すことによつて直接第三者の権利利益を侵害するおそれもない場合は適正な農地の売渡という適法な行為を実現する公共の利益の前にはその処分の取消による原告の既得の権利利益の侵害はやむをえないところといわねばならない。従つて被告等は当然その処分を取消すことができると考えるべきである。しかも請求によつても、あるいは自ら処分をした行政庁は法規の明文をまつまでもなく自らの職権によつても、そのなした行政処分の取消ができると解すべきであるのみならずその処分に対する出訴期間等不服申立の期間は勿論更にその後一年ないし約二年の時日が経過した後においても前記のような事情がある本件においては被告等はなおその違法な処分の取消を許されるものと解するのが相当である。この点の原告の主張は採用できない。
次に、被告県農地委員会の売渡計画の承認には後日過誤を発見したときは取消す旨の条件が附せられていること、同被告はこの条件に基きその承認を取消したものであることは成立に争いのない丙第二号証、第二十六号証の三により明らかである。そして原告主張のとおりこの承認にさような条件の附加を認めた法律の規定はなく、しかもそれは同被告の自由裁量行為にも属しない。従つてかような条件は明らかに法規に違反する無効のものである。しかしながらすでに前項において判断したようにさような条件が附してなくても被告等は実質上その処分の取消ができるのであるから被告県農地委員会が形式上その条件に基いてなしたものであることを根拠にその取消決定に重大なかしがあると考えるべき筋合はない。それが無効であり従つて被告知事の売渡処分の取消処分も当然無効であるとの原告の主張もとうてい採用できない。
以上の次第であるから原告の被告等に対する本訴請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十四条、第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 森本正 安芸修 谷本益繁)
(目録省略)